『顔の無い都市』への扉
うわー、おいしそう!
「おいしい?」
そりゃもう。ところで、最近、1日の『現実作り』が6時間未満になると、眠れないんだ。絶望、諦念、自己嫌悪、焦り、不安なんかがカクテルになった毒杯をあおったように胸が苦しくて。
あるいは、電気オーブンでジリジリ、トロトロ焼かれるようで、とにかく最低の気分なんだ。
「まあ」
「うふふっ。せんせいは、トウキョウに身を置きながら、身体が『顔の無い都市』に引っ越しを始めたのかもしれませんよ。『顔の無い都市』の者にとって、『現実作り』は呼吸と一緒ですから、しなけりゃ苦しみます」
『現実作り』をしなければ、息ができないってこと?
「夜、苦しくて眠れないのは、せんせいが、その日『現実作り』をしなかったために窒息しかかっているんです」
なんと恐ろしい…。いや待てよ、僕は現に呼吸しているし、食事もしている。
「それはトウキョウでの話でしょ。せんせい、ほら、目の前のトウキョウに薄く透かしのように重なった『顔の無い都市』がみえませんか? 心の目を開いて。トウキョウで生物学的に生存していても、同時に『顔の無い都市』では死体、なんてことは良くある事です」
ショッキングだね。
「ちなみに、せんせいは『顔の無い都市』的に見ると、半分死んで半分生きてます」
なんと…!
「もし、『現実作り』を全くしない日が2週間、3週間も続くようなことがあったら、完全に窒息して死んでしまいます。その時、『顔の無い都市』の扉は閉じ、せんせいはルートを失って、あとは根無し草のようにトウキョウを漂流するだけになるでしょう。生物的に息を吸って、食べて、ってね。もちろん、『顔の無い都市』のことは完全に忘れてしまうでしょう。PiPiも命を失って、もとの工業製ソフビ人形に戻ります」
それは…、いやだ。
「そうでしょう? なら、PiPiの言うことをちゃんとお聞きなさい。
せんせいは、長い間、PiPiと一緒に『現実作り』をしてきたから、だんだん『顔の無い都市』の者の特徴を備えるようになってきました。今となっては『現実作り』をしなければ、息も吸えない、栄養も取れない身体になりつつあるのです」
そんな話、聞いてないよ! PiPiちゃんの罠にはめられた…
「心の耳を澄ませてみて。せんせいが心地よいのは、『現実作り』をしている時のはずですよ」
うーむ。たしかに、最近、そういう気がしてきた。そして、それを邪魔してくるのが『夕日の塔』の連中と黒い小人達というわけだ。
おっと、夕食までにあと3時間『現実作り』をしなければ。さもなくば、また夜に苦しみを味わうぞ…
ふふっ、がんばってね